ホーム現地ガイド渋谷の過去・近代・現在|谷と鉄道から再開発まで、街はどう変わったか

渋谷の過去・近代・現在|谷と鉄道から再開発まで、街はどう変わったか

渋谷と聞くと、スクランブル交差点、巨大ビジョン、若者文化、高層ビルを思い浮かべる人が多いでしょう。しかし、この街の姿を決めてきたのは流行だけではありません。谷を流れた川、1885年に開業した駅、郊外と都心を結んだ鉄道、百貨店、戦後の交通基盤、そして現在も続く駅前再開発が、時代ごとに渋谷を組み替えてきました。

この記事では、渋谷の「昔」「近代」「現在進行中の変化」を一本の時間軸でたどります。過去を知ると、駅の複雑さや坂の多さ、渋谷川の位置、デッキが何層にも重なる理由が、単なる都市の雑然さではなく、地形と交通に対する長い試行錯誤として見えてきます。

2026年10月5日時点:渋谷駅周辺の再開発は完成していません。公式計画では、歩行者ネットワークとJR渋谷駅自由通路が2030年度、渋谷スクランブルスクエア第Ⅱ期が2031年度、ハチ公広場を含む全体完成が2034年度の予定です。工事動線は随時変わるため、訪問当日の案内を優先してください。

目次

渋谷の原点は「谷」と水だった

渋谷区の公式「渋谷駅周辺まちづくりビジョン」は、渋谷を西渋谷台地、代々木台地、東渋谷台地の間に渋谷川と宇田川が流れる、標高差約20mのすり鉢状の街として説明しています。現在も道玄坂、宮益坂、桜丘などの地名と勾配に、その地形が残っています。

江戸時代の渋谷は、上渋谷村・中渋谷村・下渋谷村などの村落と街道沿いの集落が中心でした。駅前の巨大な交差点はなく、谷底には水が流れ、台地と低地を結ぶ道が人や物を運んでいました。つまり、後の渋谷駅は平らな土地に計画されたのではなく、川と坂が交差する場所へ鉄道が入り込んだのです。

1885年、渋谷停車場が街の向きを変えた

渋谷区立図書館の資料によると、日本鉄道会社品川線の渋谷停車場は1885年(明治18年)に開業しました。当初の渋谷は、現在のような巨大ターミナルではありません。しかし鉄道ができたことで、街の重心は街道や農地だけでなく、駅とその周辺へ移っていきます。

その後、路面電車や郊外鉄道が加わり、渋谷は東京中心部と住宅地を結ぶ結節点になりました。1927年には東京横浜電鉄が渋谷へ乗り入れ、郊外から通勤・通学・買い物客が集まる構造が強まります。谷地形の低い位置へ複数の鉄道が集中したことは、渋谷の成長を支える一方、のちの乗換えの複雑さにもつながりました。

鉄道と百貨店がつくった近代の商業都市

20世紀前半の渋谷では、鉄道会社が駅と商業施設を一体的に発展させました。渋谷区のまちづくり資料は、東横百貨店などの開業によって「買い物を目的に人を集める」という新しい都市生活が生まれたことを示しています。駅は単に列車へ乗る場所ではなく、食事、買い物、待ち合わせ、娯楽の目的地へ変わりました。

この時期に形成された「交通拠点が文化と消費を生む」という構造は、現在の渋谷にも続いています。時代ごとに主役となる建物や商品は変わっても、人の流れを受け止め、新しい文化を発信するという街の役割は一貫しています。

戦後復興、高度成長、川の暗渠化

戦後の渋谷は、復興と高度経済成長のなかで道路、駅、商業施設を拡大しました。渋谷区の資料によれば、昭和30年代には首都高速道路や国道246号などの都市基盤整備に伴い、渋谷川の移設と暗渠化が進みました。現在、渋谷駅東口の地下にも川が流れていますが、地上からはその存在が分かりにくくなっています。

一方、駅前広場、映画館、音楽、ファッション、百貨店や専門店は、渋谷を若者文化の発信地へ押し上げました。1970年代以降は公園通り、センター街、スペイン坂など、歩いて回るエリアごとに異なる個性が育ちます。渋谷の魅力は一つの中心施設ではなく、坂と路地を介して複数の文化圏が近接している点にありました。

2000年代以降、街を「つなぎ直す」時代へ

駅の周囲には鉄道、幹線道路、地下通路、川、建物が重なり、東西の移動や乗換えが難しくなっていました。そこで2000年代以降の再開発では、高層ビルを建てることだけでなく、地上・地下・デッキを接続し、分断された街を歩いて回りやすくすることが大きな課題になっています。

2012年の渋谷ヒカリエ、2018年の渋谷ストリーム、2019年の渋谷スクランブルスクエア東棟などが段階的に開業しました。渋谷ストリーム周辺では、かつて都市化のなかで見えにくくなった渋谷川沿いに歩行空間が整備され、水辺と街の関係を再び意識できる場所が生まれています。

現在起きている変化:駅、広場、歩行者ネットワーク

渋谷駅街区の事業者は、現在の計画を「100年に一度」の大規模再開発と位置づけています。工事は駅改良、渋谷スクランブルスクエア第Ⅱ期、ハチ公広場や東口広場の整備を同時に進めるものです。

予定時期 主な変化 旅行者への影響
2030年度 駅を中心とする歩行者ネットワーク概成、JR渋谷駅自由通路完成予定 東西移動や鉄道間の乗換えが改善する計画
2031年度 渋谷スクランブルスクエア第Ⅱ期(中央棟・西棟)完成予定 商業施設と駅上部の動線が拡張
2034年度 ハチ公広場を含む全体完成予定 駅前広場と街への入口が最終形へ

東急の公式資料では、道玄坂上から宮益坂上までを主要施設とデッキでつなぐ歩行者ネットワークが構想されています。谷底の駅へ集中していた人の流れを複数階に分散し、地上とデッキの両方から街へ出られるようにする考え方です。

ただし、完成予想図は現在の景観ではありません。工事中は改札、出口、通路、バス・タクシー乗り場が変更されることがあります。地図アプリだけで判断せず、駅構内と現地の最新表示を確認する必要があります。

変化しても残るもの

大規模開発が進んでも、渋谷の価値が新築ビルだけで決まるわけではありません。坂、谷、川の記憶、ハチ公前での待ち合わせ、小さなライブハウス、ファッション、路地の飲食店など、異なる時代の要素が近い距離で共存することが渋谷らしさです。

再開発は、古い街を一度消して新しくする単純な話ではありません。見えなくなった川を都市空間に読み戻し、複雑になった鉄道をつなぎ直し、広場と歩行者空間を再構成する作業でもあります。渋谷は「完成した街」ではなく、地形と交通と文化の関係を更新し続ける街なのです。

歴史を感じる渋谷の歩き方

  1. ハチ公広場とスクランブル交差点:現代の人流の集中を観察します。工事柵や動線変更に注意してください。
  2. 宮益坂または道玄坂:駅が谷底にあることを、自分の足で確かめます。
  3. 渋谷ヒカリエから東口:デッキ、地下、地上が重なる新しい移動構造を見ます。
  4. 渋谷ストリームと渋谷川:暗渠と再生された水辺空間の関係を確認します。
  5. 桜丘方面:再開発後の街区と、坂の地形がどう接続されたかを見比べます。

短い見学なら1~2時間が目安です。駅工事による迂回を考え、予定を詰めすぎない方が街の変化を観察しやすくなります。渋谷と周辺文化をさらに歩くなら、東京の美術館も紹介する浮世絵入門も参考にしてください。

よくある質問

渋谷駅はいつ開業しましたか?

日本鉄道会社品川線の渋谷停車場は1885年に開業しました。その後、複数の鉄道が乗り入れて巨大ターミナルへ発展しました。

渋谷川は今もありますか?

あります。駅周辺では地下を流れる区間があり、駅南側では渋谷ストリーム付近などで地上から川と水辺空間を見られます。

再開発はいつ終わりますか?

公式計画では2030年度に歩行者ネットワークなどが概成、2031年度に渋谷スクランブルスクエア第Ⅱ期、2034年度にハチ公広場を含む全体完成を予定しています。予定は変更される可能性があります。

公式資料と確認日

情報確認日:2026年10月5日。渋谷区の渋谷駅周辺まちづくりビジョン概要版、渋谷川に関する公式展示資料、渋谷区立図書館の渋谷駅・鉄道資料案内、東急・JR東日本・東京メトロによる渋谷駅街区計画の公式発表、東急の未来の渋谷を参照しました。

アイキャッチ画像は、渋谷の地形・鉄道化・現在の再開発を一枚に構成した編集用イメージイラストです。特定時点の史実写真や完成予想図ではありません。

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